音極道茶室さんのコメント欄に寝言を書いてしまったらしい

エントリの趣旨は共通ID導入についての議論はまじめにやらないといけない、という話である。
時刻的に寝言でない可能性が非常に低いのだが、まぬけな人間の寝言なりにまじめに考えたみたいなので、ここでフォローを試みてみる。
おそらく、私は多分以下の引用部分に反応してしまったのである。

実名論者も共通ID導入支持者も、未だ少数派にとどまっています。したがって、ネット世論を盛り上げるためには、高アクセスを誇る大手サイトに取り上げられることが必要です。そのためには、たくさんのブロガー、特に匿名性による不利益を判りやすく述べるオピニオン・リーダーの存在が必要です。

そう、「民主主義的なプロセスを踏んで行政や立法を動かす」という政治的プロセスを目指し、「政治的プロセスの初期段階としてブログを活用する」というステップを踏むのであれば、亭主さんのおっしゃる通りである気がする。反論の余地はない。
ブログが「政治的プロセスの一部」であるのであれば、「政治における匿名者の表現の自由」や「表現者の匿名性の保護」への留意がある方が望ましい、と思う人は多いだろうという意見を付記するくらいしかする事がない。
 
そういった中で、私が考えたのは、「共通IDが害より益があり、低コストで実現できる」世界は本当に存在しないのか、という亭主さんと別のことである。
 商売の世界と個人の世界は様相が違う。儲かれば正しい、という側面もある。多数の意見に耳を傾けなくてもいいかもしれないし、アイデアに説得力があり、利益が見込めるとなれば努力すれば資金の出し手は見つかるだろう。
 私は「共通ID」のアイデアに現在はあまり魅力を感じていない(その要求仕様についてちょっとまじめに考えるのもめんどくさい程度に)が、厳しい世界で揉まれて生き残る事ができれば「政治的にも説得力のある技術」になるかもしれない。私にはその可能性を検討する能力はないし、未来を正確に読む能力は誰にもないはずだ。だから「可能性の否定」はしない。肯定もしない。
 もし肯定して欲しいのならば「多くのセキュリティ関係の技術者がそうしているように、オピニオン・リーダーもアルファブロガーも多数派工作も要らないところでまじめに実績を積む事をやった方がいいのではないか?」というのが私の個人的意見である。別に一人でやれとは言わない。人気投票で多数を占めようとする前に、いっしょにやってくれる人を真摯に求めるというのも「まじめにやる」という事の一種だろう。

いまだになんで投稿ボタンを押してしまったのかと、恥ずかしく思っている。
おそらく有能で頭の良い人が意見を書いて議論が始まる前に書きたかったんだろう。
寝言だけに何も説明していなかったし、茶室をこれ以上汚すのは申し訳ないので、言い訳はこちらに書きました。

まだstubかも。寝ぼけてんのか>俺