誰にでも確かめられる「森林の二酸化炭素吸収は通説の半分」の信頼性

いいかげんに書いてあった*1ので書き直してみよう。


1.はじめに

 基本的にこのブログでは自分の専門の事は書きません。ですから私が気象学者や生態学者であると思って読んではいけません。ただし、そうやって専門外の事ばかりかいているうちに、私の専門がバレてしまうといけないので、専門の事も時々書くかもしれませんので、「気象学者や生態学者でないこと」も保証しません。
 ここでは、サイエンス誌の読者でなくても、気象学者や生態学者でなくてもネットで確かめられる事を材料にして、リンク先をたどって誰でも確かめられるように努力してみます。


2.目標

 サイエンス誌に掲載された論文「Weak Northern and Strong Tropical Land Carbon Uptake from Vertical Profiles of Atomospheric CO2」に基づいて行われたと思われる「森林の二酸化炭素吸収は通説の半分」という報道機関による言説の信頼性を検証する事。

ごめんなさい、後で書き直します。一時撤退!
んで書き直したよ。


3.材料
 science誌掲載論文の添付資料としてインターネット上で公開されている資料(SOM)(http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/316/5832/1732/DC1からダウンロードできます。)
 これだけあれば「森林の二酸化炭素吸収は通説の半分」という論説の信頼性は評価可能かと思います。*2

4.検証
 SOMの文章を読めば、この論文で再設計されたモデルとの比較対象となっているモデルが12個もあります。しかもその12個のばらつきの範囲に対してこの論文の推定は内側に収まっています。従来の通説としてこの論文で何を用いているかというと、12種類のモデルの「平均値」です。どのモデルが正しいかわからないので、たくさんある試算の平均値を使っているわけですね。
 言い換えれば、どのモデルが正しいかの検証の手段もない状態だったともいえます。従って、大気循環モデルをベースとした森林の二酸化炭素吸収量の試算には明らかに「比較対象になるほどの通説は存在しない。」わけです。で、この研究は「大気循環モデルの正しさを検討できる新たなデータを提供し、実際に検討しました。」っていう話なんです。学術的にはすごい進歩です。
 で、これまでの試算ではものすごい幅があったけど、その中で、やや少なめの所に新しい13番目のモデルが置かれるということのようです。私の知っているこれまでの状況では「大気循環モデルによる森林の二酸化炭素吸収量の試算はまったくあてにならない」*3だったわけで、この論文が出た時点でもそれは変わってなかったわけです。森林の二酸化炭素吸収量の見積もりは別の方法でもうちょっとかっちりやろうというのが普通でした。
 ひょっとするとこの研究はそういう状況を変えるかもしれません。しかし、仮に森林の二酸化炭素吸収量に通説があったとしても、大気循環モデルとは全く関係がないですから、「森林の二酸化炭素吸収は通説の半分」という言説はこの論文から導く事のできる範疇から多いにはずれます。
 新モデルの信頼性については後ろに書いておきますが、とりあえず、この論文の扱う範囲には通説なんかなかったので「森林の二酸化炭素吸収は通説の半分」は大ボラでした。


元の文章はおいときますね。

2.目標
 サイエンス誌に掲載された論文「Weak Northern and Strong Tropical Land Carbon Uptake from Vertical Profiles of Atomospheric CO2」に基づいて行われたと思われる「森林の二酸化炭素吸収は通説の半分」という報道機関による言説の信頼性を検証する事。

3.用いた資料
 1)本年6月22日付science誌*4
 2)上に加え、science誌掲載論文の添付資料としてインターネット上で公開されている資料*5
 3)googleのイメージ検索で探し出した、日本国内の特定調査地における森林の二酸化炭素吸収量の季節変動データのグラフ。

 このうち1)がなくても、2),3)があれば「森林の二酸化炭素吸収は通説の半分」という論説の信頼性は評価可能かと思います。*6

3.検証
a.まず検証作業は3)の資料からはいります。
一例として北海道にある林が二酸化炭素を吸収している量を実測したグラフを挙げます。*7
陸上生態系においては植物が光合成して空気中の二酸化炭素を固定して有機物を合成し、植物を含む生態系全体がそれを分解消費して二酸化炭素を放出するという仕組みですので、系全体の二酸化炭素の収支を計測すると、(光合成量ー分解量)が計測されます。このグラフでは春に新しい葉が展開されて光合成量が増大するにつれ吸収量が増大し、6月にピークを迎え、7−8−9月には分解量が増えて系全体の二酸化炭素吸収量が減少しているのがきれいに現れています。
 北半球の陸地ではこのようなパターンで二酸化炭素が吸収されているのですね。
 ここで重要なのは7−8−9月は陸上生態系の二酸化炭素吸収のピークではない、ということです。
b.次に2)の資料
ダウンロードしたpdf書類の1ページ*8から論文を書くのに使ったデータのとりかたや処理した手順が出ています。1ページから2ページにかけて

We selected three-month winter and summer periods to correspond to the northern-hemisphere seasonal CO2 peak and seasonal CO2 trough respectively (Fig. S4). The winter period
includes the months January through March while the summer period includes the months
July through September.

という表現がありますが、北半球の二酸化炭素の季節変動のピークと底から1,2,3月を冬期、7,8,9月を夏期として設定した、ということです。
以後、このpdfでは、その後の図表や議論も含めて、ここで決めた冬期と夏期の比較から議論が構成されています。*9
 したがって、a)で確認した「陸上生態系による二酸化炭素吸収の多い季節」はこの論文では考慮に入っていなかった事になります。
c.この論文を趣旨に従って読み直すと何が言えるか。
「陸上生態系が二酸化炭素吸収を盛んに行っている時期を無視して考えると、陸上生態系の二酸化炭素吸収量は従来考えられていたよりも少ない。」と言えます。

4.この論文の学術的成果の評価
気象学者は生態学に興味がないらしいですね。二酸化炭素濃度の季節変動をもたらす要因を単純化しすぎているようです。
現在の気象モデルは生態学の知見を無視して作成されていて、このような気象モデルを元に陸で何をするとか、海で何をするとかいう政策を検討する事は致命的なんじゃないでしょうか。政策に有用なモデルを構築できるレベルで二酸化炭素収支を考えるためには海洋学者や生態学者との共同作業が緊急に必要なのかもしれませんね。また、共同作業によって飛躍的に良いモデルを作れそうな期待も持てます。
このような事をわからせてくれる貴重な論文であり学術的価値は高いのでしょう。

5.報道機関による「森林の二酸化炭素吸収は通説の半分」についての評価
気象学者は森林の二酸化炭素吸収について通説をつくれるほど森林についての知識をもっていないらしいので、前提から間違っている可能性が高いし、結論は根拠のない風説に過ぎないような気がします。

元あった文章で議論してた内容は、もうちょっと高度な事。モデルのうちどのような要素がどういう要因かの突き合わせはデータ解釈によるわけだけど、実は本文には「夏場に陸地の吸収量が落ち込むのは光合成量に拮抗するような化石燃料の使用がある可能性が高い」と決定的にナンセンスな事が書いてあるのです。モデルの示す結果の解釈は、たぶん滅茶苦茶と思われます。生態学的な常識を使わずに解釈しているので、このモデルで森林の二酸化炭素吸収量が正確に分かるなんて事は私は全く期待してません。科学的にはすごい前進なんだけどね。

*1:http://d.hatena.ne.jp/kumakuma1967/20070820#p3

*2:もうちょっと信頼性が高ければ少なくとも論文本文を見る必要があるかと思いますが、2)を見るだけで十分な程度の信頼性です。

*3:だって、12個もモデルがあって森林の寄与に何倍も違いがあって、どれが正しいのかわからないわけですよ。使い物になりませんよ。

*4:science Vol.316 1708-1709'Reassessing Carbon Sinks'及び1732-1735'Weak Northern and Strong Tropical Land Carbon Uptake from Vertical Profiles of Atomospheric CO2'

*5:http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/316/5832/1732/DC1からダウンロードできます。

*6:もうちょっと信頼性が高ければ少なくとも論文本文を見る必要があるかと思いますが、2)を見るだけで十分な程度の信頼性です。

*7:ご自分で日本各地や、世界各地のデータを検索して、私の紹介した資料と比較検討される事をお薦めします。

*8:書類に出てるページ番号です。pdf的には2ページ目。以下同じです

*9:本文にも亜熱帯以北の陸上生態系の二酸化炭素吸収が多そうな時期についての言及はありません。