荒唐無稽という言葉について

 母子殺人事件は怖すぎてあまりフォローしてないんだけど、報道をチラチラ斜め読みすると、判決は被告の主張の荒唐無稽さを難じるものだったようだ。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080422-OYT1T00485.htm

 じゃ、この裁判での検察側の主張や裁判所の主張が荒唐無稽じゃなかったかというと、そうでもないように思うなぁ。

たとえば、殺人の様態がこうこうだったから、殺意があったという検察の主張が検察側の物証と矛盾するのに今回もスルーされてるし。
 物証と明白に食い違う主張を裁判所と検察が4回繰り返したのなら、これは荒唐無稽。
 検察側の主張も、弁護側の主張もそのままにしちゃいけない所を放置して荒唐無稽になってるのだと思う。*1

 裁判長は、元会社員の主張を「不自然で不合理」として次々と退けたうえ、「供述の変遷が見られ、虚偽の構築で、信用できない」と述べた。

 弁護側の心理状態についての主張が荒唐無稽という裁判所の意見だけれども、これもよく考えると難しい。

 心理状態なんてかなりまともな状態の人でも荒唐無稽なもので、刺激や感情や欲望に動機づけられてから1/10〜数秒くらいは一貫性を失うもんなんじゃないかな。

 だから、犯行時の混乱した頭の中をどうこう議論したいんじゃなくて、そういうグチャグチャしたものがどう制御されて、結果として犯人を犯罪に導き、犯罪を遂行させたのかが問題なのだと思う。
 グチャグチャした部分を文章にすると、どんな人でも統一を欠いたものになる。それを一見統一されていると見せかけている部分の働きが問題なんだけど。
 そう思ってみると弁護側の主張は荒唐無稽なんじゃなくて、主張を構成するのに必要な部分ががばっと欠けてるだけに見えるんだけどなぁ。

 もっとも統一が弱いと、グチャグチャなものがグチャグチャなままだし、記憶なんてのは常に塗り変わっていて、極めて信用できないものだし、そういうレベルでは大抵の人が矛盾だらけなんだと思うんだけどね。

 ただね、逆に筋が通らないくらいのモノの方が真実性そのものは高い。裁判官好みの「小説のように筋が通った主張」とかは後から作った嘘の塊だろう。

 裁判官は「お前の嘘は私の好みではないから、もう少し上手な嘘をつけ」と言っているように見えるのだけど、それでいいんだろうか?

 なんかね、動機の解明というのが裁判官の仕事の一つだというのならば、もう少し心理学とかを研修でやったらどうだろうか。*2

*1:頚を圧迫しにくい手の位置で被害者が死ぬまで力を加え続けた事は犯行の別の意味での凶悪さを表していると思うのだけれどね。

*2:追記:裁判所は何度か心理学について科学的に広く受け入れられている一般的な考え方を「独自の学説で信頼に値しない」と異端認定しているので、まともな心理学者に相手にされないかも知れないけれど。