温暖化肯定説と温暖化否定説のトンデモ度について

関連リンク
http://d.hatena.ne.jp/koiti_yano/20080629/p1
http://d.hatena.ne.jp/koiti_yano/20080630/p1
今日もテレビは大量の温暖化肯定説とちょっとの温暖化否定説を垂れ流している。
マスコミ独自の見解が混じるとほぼまちがいなく科学を装ったトンデモな議論をしているように見える。科学者による直接の情報発信でも、だいたい1/2以上がトンデモであるように聞こえる。
 この問題についてコアな役割を担っていない科学者が地球温暖化肯定説をとる動きには二通りある。自分でトンデモとトンデモでないものを嗅ぎ分けて、トンデモ度が低い言説が支持している仮説を支持するもの。またトンデモを排除する仕組みが整っている仮説を支持するもの。前者は科学的態度かもしれないけれど、後者は別に科学的でもなんでもない。実際にはこの両方の動きの結果として多くの科学者が地球温暖化を肯定している。他に結構な数の研究者*1は金になる方を支持する*2
 肯定説も否定説も結構な量のトンデモ研究を含んでいるということ。政治システムやマスコミによって換金されるだけに、肯定説の方がより多くのトンデモ学説を含んでいたとしてもおかしくない。これは自分にとっては非常に重要な認識だと思う。
 温暖化肯定説である事はトンデモであるかないかにあまり関係ない。
 あくまでトンデモでない言説を峻別し、ゴミを捨てた上で、残った言説の範囲内で肯定説と否定説を検討する事にこそ科学的な意義があるのだろうと思う。分野外の科学者がこの問題を自分で考えるためにも、koiti_yanoさんの試みやリンク集は有用だろうと思う。

 私はマウナロアのデータを見た1990年代前半から地球温暖化肯定論者だけれど、そのベースとなるロジックは「生物による光合成や造骨で継続的な二酸化炭素吸収がおきて地球大気は寒冷化した」という億年スケールの現象への理解にマウナロアの観測データをあてはめて考えているというお粗末なものだ。*3
 私自身は人類と言う生き物が「どのように取り返しのつかない事をしているか」にはある程度興味があった。地質年代的スケールでは大気組成はスタティックではないし、生物は「取り返しのつかないような」活動の仕方をしているものだ。
 そして、マウナロアのデータを見せられたとたん頭をぶっ叩かれたようなクラクラ感を味わった。クリティカルヒットだった。

 いまのところ、比較的真っ当に見える温暖化否定説もこの高校生自由研究レベルの温暖化肯定説をひっくり返すほどのものはないので、今でも温暖化肯定説を支持している。
 また、すでに地球の大気組成が静的であるという暗黙の了解が二酸化炭素について否定された以上、過去の生物が大気から吸収した二酸化炭素を大気に戻す量をマウナロアの観測時期と同水準以上にならないようにコントロールしようという政策にも肯定的である。コントロールした結果二酸化炭素濃度が下がるようなら*4その時に次の政策を考えればいいだけだ。

 地質年代では人類の登場で第三紀*5と第四紀をわけるが、過去には「人類の奢りなのではないか」と思った事もある。しかし、地球に対する人類の影響力*6を見れば、この時代区分は正しかったのかもしれないと思っている。第四紀はまだ始まったばかりで、どのくらい続くか*7、どんな時代になるかはこれから決まるのだろう。

おまけ:
温暖化ガスによる気候変動の話をしているときに否定論者は「氷河期の恐れ」を口にする事が多い。一方で肯定論者は「ここ数年熱い夏が続いている」と言う。どちらも著しくスケール感があわない。相場屋さん的に言えば、「コンドラチェフの波」について議論している時に、「東証では大引け直前に大口の買い(売り)があるかも(あった)」なんてのを持ち出されたような感覚に陥る。
 氷河が拡大*8するようであればそれに対応する事も大事だし、ヒートアイランド対策*9も必要と思うが、今はその話をしてないよ、という気分。*10

*1:科学者と言えるかどうかはしらないが

*2:当たり前だが、支持した方が研究者としての生存確率は高くなる。追記:そして研究者の生存率が低い場合、数の上では大きな効果を持ちうる

*3:温室が何故暖かいか説明できたり、大気循環や海流を熱伝導としてイメージできるっていう小学校理科な知識や二酸化炭素の赤外領域の吸収スペクトルを知ってる事が前提。追記:もちろんオリジナリティはない。かなり限定的な考えを受容する際に自分でいろいろな事を補足しながら考えたというだけの事。

*4:多分そんな事はおきないだろうと思う

*5:すでに正式の用語ではないけれど

*6:私が見ているのはどちらかというと、大気より「人類の営力」。

*7:短いようならばP-T境界と同じような時代区分の「境界」として扱うべきかもしれない。

*8:観測/監視できる、現に縮小している

*9:というより、せめて高度成長期並の「生活環境に配慮した開発スタイル」と「劣悪環境への対策」

*10:追記;そもそも万年スケールだったはずの現象が10年で起きてしまったのだから、スケール感は混乱して当然でもある。