三丁目の夕日問題で頭の片隅にあってまだ書いてない事のリスト

http://d.hatena.ne.jp/kumakuma1967/20071122#p1
http://d.hatena.ne.jp/kumakuma1967/20071130#p1
上の二つのエントリでは触れなかった事のリストアップをしておく。もうちょっと考えたらゆっくり書いていこうと思う。いずれも小学校レベルの話なんだけど。
追記:
二度とこのブログで触れないかも知れないから、気がついたらそれなりに追加する。書いてある事が見当はずれである可能性もあるので信じないで下さい。

  • 水質について。日本橋ほどの河川の下流部/地形の低湿地では堆積が優位なので硫化水素還元性/腐敗性の水質は自然だと思うし、今そうでないのなら人為的な「処理した下水の投入」や「強制的な曝気」の結果ではないか?
  • ↑に関連して、きれいに見えたとしたら、地面の透水率が高く排水網が未整備で雨水が河川に「うまく」流入しやすかった事、地下水位が高く崖線からの湧水が流入していたことなどの水量、流量の問題ではなかったか。
  • 港区の風景だけれど、バブル期までは台地面上に不連続に中高層建築、崖線沿いに緑被、谷と低地に低層木造住居群という構造で、居住地からの夕日の視認性は高かったはず。バブル末期の1989年11月に港区愛宕山や白金台の谷間の木賃アパート地帯から崖線に林立しつつあった森ビルの隙間に比較的きれいな夕日を見たのを覚えている。夕日が居住空間から見える環境は1980頃までは良好だったように思える。今じゃたとえ大気の透明度が上がってもビルに隠れて夕焼けどきには道路から夕日は見えないんじゃないかな。

追加

  • そもそも高級住宅地というのは大気汚染や悪臭、騒音といった環境問題が局地的に大きく違うから成立してきたのじゃないか?
  • 1977年の冬に小学校の宿題で星を見た。都心から30km圏内で三等星より暗い星もいっぱい見えたけど、今は都心から50km圏でも100km圏でもあれほど星は見えない。いわゆる光害だけじゃないと思う。学習指導要領はある程度共通だったので、1960年ごろ教員だった人が「星座が見えない」とか書き残してないかな。
  • 淀橋浄水場があって下水道未整備って事は、定常的に多摩川流域から水をうつしてたって事か。