ハイブリッドデッドウェイト論の不思議

最近、ハイブリッドは不要な時にはデッドウェイトになるから非効率だ、という説をwikipediaだけでなく、いろんなブログなどで良く見かける。ハイブリッドの致命的な欠陥とまで言われている。これ、自動車産業に関わる人から出てきてるのだろうか?*1

「不要な時にはデッドウェイトになる」
これは自動車に積まれてる全ての荷重に言える事で、極めて正しい。ブレーキは減速してないときだけ取り出せばデッドウェイトだから、あまり重くしてはいけない。
確かにハイブリッドシステムはまだまだ重いから、デッドウェイトになると痛いだろうなぁ。
これについて初期型プリウス(NHW-10,NHW-11)をベースに考えてみた。

ハイブリッドの構造上、短時間でストップ&ゴーが連続する街乗りではそのメリットを遺憾なく発揮することができるが、長い上り坂、もしくは下り坂ではシステムの機能を活かしきれなくなる。これは、上り坂ではモーターによるアシストでバッテリーを消耗し空になった後は、モーターやバッテリーは単なるデッドウェイトと化してしまう。下り坂では、バッテリーがフルに充電された後は、回生ブレーキが有効に機能しなくなる(回生失効)、位置エネルギーを途中から回収することができなくなるため。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A8%E3%82%BF%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9


まずwikipedia、うーん、「かなり特殊な状況の長い上り坂や下り坂」と思った。
上り坂からいきましょうか....

十万キロ以上初期型プリウスに乗ってても、上り坂で「モーターによるアシストでバッテリーを消耗し空になった」という体験をした事は一度もない。

プリウスでアシスト多用で上り坂を登っていると、蓄電池が空になる前にエンジン出力を上げ、アシストを制限して充電傾向になる(出力制限モードと言う)。そもそも「バッテリーが空になる」にはシステム的に回避策が講じられているわけだ。出力制限モードになると、アクセルを踏み込まないと加速しないので、バッテリがデッドウェイトになったかのような気分になるかもしれない。このモードではエンジンを回してバッテリーを充電するから30km/L程度で走れていた道を12km/Lくらいで走るはめになったりして、確かに低燃費走行を目指してる人には痛いのかも。
 でもせいぜい普通の車並の燃費に一時的になるだけだよ。燃費が悪いのは次の走行のために充電してるせいで、重さのせいではなさそうだし。
 出力制限モードでもオートマ車のキックダウンと同じようにアクセルを踏み込んでやれば上り坂の高速道路の合流を2回こなせる程度のアシストをバッテリとモーターから得る事が可能。だから、ハイブリッドシステムは「デッド」というほど死んでない。さらに減速、加速を繰り返して試せば空になるのかも。でも、そのような事を試す機会は十万キロに一回もなかった。「インターチェンジに入って本線に合流、すぐPAに立ち寄ってもう一度本線に合流」よりもバッテリに負荷がかかる事態がなかなか想像できない。

気分的デッドウェイト化をもたらす出力制限モードはバッテリが冷えすぎたときにはよく出る。たとえ上り坂が続いている場合でも、それほど頻繁に出現する物ではない。上り坂を普通に登っている時は普通に充電ー放電と駆動に出力配分しながら走行するから。*2
 箱根ターンパイクを走りに行ったら出力制限モードになったという自動車評論家の記事は読んだ事があるが、自分で同じ所を運転しても再現した事がない。おそらく、上り坂が原因ではなく、自動車評論家が「短時間でストップ&ゴーが連続する」ような走りかたに近い「コーナー毎の急制動と急加速」を繰り返したせいではないかと思う。*3

次に下り坂。
確かに標高差300m超*4の加速も減速も必要ないルートを下ると、バッテリ電圧が上限値に達して、バッテリ保護のために回生をやめる。回生負荷がなくなると回生ブレーキに相当する分のエンジンブレーキがかかる。必要もないのにエンジンをかけてて、少量のガソリンを無駄にするし、すべての駆動系はすべてデッドウェイトになってる。デッドウェイトが大きければブレーキの負担となって、過熱から事故につながる危険があるが、エンジンブレーキの使用でそれを避ける事ができる。
 標高差500mの下り坂を下った場合、最後の200mで発生する問題。標高差300m分のエネルギーを回生してバッテリーに貯め込み、残りの200m分はブレーキの負荷になるのと、500mまるまるブレーキの負荷になるのの比較であれば、貯め込めるほうが有利だろう。
 標高差が大きければ大きいほど余分のデッドウェイトの効果が大きくなるので、富士スバルライン(標高差1500m超)のような例ではデッドウェイトを持ち込むとかえって効率が悪いと言えるのかもしれないが、それでブレーキの限界を超えるような事態には至ってない。

上り坂をデッドウェイトを抱えて登り、下り坂をデッドウェイトを抱えて下りるのだから総合的に不効率だと言うのはあるのかなと思ったが、実際にスバルラインを登る時にはカローラマニュアル車が7km/L程度で登るのに対してデッドウェイトを抱えたプリウスが10km/Lで登ってしまう。*5
 もっとも、これはハイブリッドの直接の効果ではないかも。

 プリウスにハイブリッドシステムがついている
  ↓
 エンジンの回転数の変動を制限できる
  ↓
 エネルギー効率の良いエンジンを積める
  ↓
 上り坂でも燃費がいい

という間接的な効果なんだろね。
でも、デッドウェイトのはずのハイブリッドシステムをおろして、別の駆動系にしてしまうと、実際には使い物になるエンジンに乗せかえるため、燃費は悪化するのではないだろうか。プリウスだと下りてきた時に完全充電のバッテリを積んでて、平坦地の走行につかえば差はさらに広がるし、デッドウェイトとしての効果が大きいという実感はない。
 デッドウェイトの効果の大きさはハイブリッドシステムがトランスミッションを兼ねるプリウスより、エンジンサポートに徹しているシビックハイブリッドインサイトの方が実感できるかも。それでもおそらく同クラスの車体に対して小さいエンジンを積んでエンジンの利用効率が高く、たとえ一部でも下り坂の位置エネルギーを平坦地に持ち越せるメリットを超えるデメリットがあるとはちょっと思えない。

というわけで、スバルライン程度の長い連続した坂道を毎日往復してもハイブリッドのメリットは残ってそうで、デッドウェイトのデメリットは小さそう。
プリウスのデッドウェイトを問題にしているwikipediaの著者は、たぶんすごい所*6に住んでるのだろう。

wikipedia以外では「高速道路を一定の速度で走るような時にはハイブリッドは機能していないデッドウェイトだ」みたいな論が多かった。
高速道路が平坦でなければハイブリッドは必要な負荷に応じて仕事をするので、多分平坦な高速道路を想定しているのだろうけど、平坦な高速道路の走行抵抗の主役は空気抵抗なので、機械抵抗の一部にしか効かないデッドウェイトを問題にしてもしょうがないだろうなぁ。それと、そういう状況ではたいていのガソリンエンジンは自分を回し続けるために燃料の大半を消費していて、あまり仕事してないし。
 ウェイトが燃費に対して大きな効果を持つのは低速での定速走行と加速してるときだよ。ほとんど論外だなぁ。

 ハイブリッドじゃなければいいのにと思う事態はwikipedia記事が「ハイブリッドが有効」と断定している街乗りで発生してる。渋滞中、低速でストップ&ゴーを繰り返した時。

 プリウスは動き始めの低速時が一番モーターの仕事が多い時なので、出力が電気に偏る。また、一定速度以下では回生がうまく働かないのでエネルギーを回収できない。バッテリの電力の余剰がなくなればエンジンを余分に回して発電するはめになる。
 渋滞というのはどんな車の燃料消費率にとってもハードな状態だけど、AT車がクリーピングだけでこなせるようなタイプの渋滞に長時間巻き込まれた場合、プリウスでは相対的に効率が低くなってる可能性は高い。車重だって軽いほどいいに決まってるし。(私の経験ではAT車とどっこいの燃費。部分的に上回り、部分的に下回るのでそうなる。)
 おそらく長時間の渋滞ではアイドリングストップ機構付きMT車には絶対勝てないんじゃないかな。そういう乗りかたを主に想定してたら歩いた方がましなんで、自分は車買わないと思うけど。

 デッドウェイトどうこうよりも製造時に余分に消費されるエネルギーの方が大問題。*7
NHW-10型の製造時に、当時のカローラに比べて余分に出た二酸化炭素を加算して二酸化炭素排出量を考えると、10・15モードで10万キロ走らないと釣り合わないというのは前にも書いた。でも、これは製造ラインの合理化でものすごく圧縮されてきてる気がする。
今製造されているプリウスではバッテリやインバータなど、ハイブリッド関係の交換部品代がNHW-10の1/3くらいになっている。それくらい製造時の無駄を省いているのだから、二酸化炭素排出量も減ってるんだろう、とは思うのだが。

:追記
ところで、本当にデッドウェイトになって実効性のないような駆動方式が日本の大手自動車メーカー2社から発売されるとしたら怖いなぁ....
 でも、80年代前半のターボ車は小型エンジンで大出力だから省燃費とこぞって言っていたので、あり得ない話でもないのかも。
 ハイブリッド部品製造時の二酸化炭素放出量が圧縮できなければ、二酸化炭素放出量削減に実効性があったとしてもかなり小さいはずです。
 でも、こういう製造時の二酸化炭素放出量ではマテリアルにかかるものの他、加工や工場の照明や換気に使用される部分も大きな割合を占める。数が出るだけで改善しちゃう部分もあるので、工場がフル稼働するようになってからはNHW-10の時ほど気にしないでいいのではないだろうか。
 ハイブリッドはつなぎの技術というのも事実だろう。トヨタだって電気で車を走らす技術が将来必要になると思ってなければ量産しなかったんじゃないかな。個人的には将来は燃料電池車(ただし水素以外の燃料の)か、電気自動車だと思ってます。

*1:脳内で醗酵したかのような匂いがするのだが....

*2:わざと電気で坂を上ろうとすれば、バッテリ電圧を降下させる事は可能です。峠越えのときにはどうせ下りで充電できる事はわかっているので燃費改善に効果的です。

*3:減速時に回生できる電力の割合は100%ではない。急制動では回生できる割合は相当落ちる。なお、事故回避などの目的を除き公道上での急加速・急制動道路交通法の禁止するところであり、実行した場合に処罰されるおそれがある事を書き添えておきます。

*4:個人的な体験の数値

*5:下り坂のガソリン消費は両者エンジンブレーキに必要なだけでして、登る時のガソリン消費に対して桁違いに小さいので無視できます。

*6:日本の道路構造令に合致しないような長い坂道が連続する標高差の大きい場所

*7:なので長く走らす事は大事なんだけどね。